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2012.10/29(Mon)

《思う》ということ。









《思う》ということは


難しいこと。



誰かの為に動くということは
難しい。




誰しも
自分以外の為だけには生きれないから。



どんなに思っても
「自分本位」の部分は残ってしまうから。



それでも
「相手を思いながら」行動することはできる。











学校の先生が
トラブルがおきると

「お前達の意見は聞かない。
自分の正当性をいくら訴えても完全な悪も善も存在しないからだ。」


と言ってたらしい。
(子供から聞いた話。)


たとえどんな英雄も
英雄側から見れば「救ってくれた素晴らしい人」所謂「善」であるが
相手側からみたら「大量殺戮」をした「悪」だから
どんな事柄にも
見る側面によって「善」にも「悪」にもなる。と言うのが
主張らしい。



確かに
いってることは最もなので
うなずくしかないけれど。








自分から見て相手を思っているつもりでいても
相手から見たら
相手を思えてないことが
時にあるから
なかなか難しいなと思います。










自分の身を犠牲にしてまで
何かをすることは
いいのか?
と考えると


「自分を大切に出来ない人間が他人を大切に出来るはずがない。」

と言われてみたり。








確かに自分を犠牲にしてまで
相手を
《思う》ということは
相手にとっては負担になるかもしれない。




《思う》と言うことは


簡単に見えて
実はとっても難しいのかもしれない。









相手の立場になるということが



一番難しいからなんだと思う・・・・・

















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